★ 星座神話 ★

【こと座】
 ギリシャに、竪琴の名人でオルフェウスという青年がいました。 彼が琴を奏でると、川はせせらぎを止め、全ての動物たちも土の上に腹ばい、森 の木々も指揮棒のようにゆっくりと音色にあわせて動き、その清く美しい音色に 聞き惚れていました。
やがてオルフェウスは、とても美しいニンフ・エウリディケを妻に迎えました。 二人は仲睦まじく日々を送っていましたが、ある日、エウリディケは、草むらで 毒蛇に足を噛まれ、その毒が回って息絶えてしまいました。最愛の妻を失ったオルフェウスは来る日も来る日も悲嘆に暮れました。 そしてついに、あの世に妻を迎えに行き、生き返らせたいと考えました。
 あの世に通じる洞穴から、暗くて険しい長い地下道を真っ直ぐに降りていき、 あの世の入口に横たえる三途の川に出ました。そこでは、カロンという渡し守が 亡者を渡していました。オルフェウスは、自分も渡して欲しいと頼みましたが、死んでいない体は渡せ ないときっぱり断られました。仕方なく琴を奏でると、悲しみに満ちた音色に打 たれたのか、カロンは黙って船に通してくれました。川を越え、冥府の門まで来ると、頭が3つある猛犬ケルベロスが、牙を剥いて 吠え立てました。ここでもオルフェウスは琴を奏でると、急におとなしくなり、 彼が門をくぐっていくのを黙って見送ってくれました。
 その後も、幾多の苦難を全て琴の音色で切り抜けながら、ようやく、冥府の神 プルートの前まで来ました。オルフェウスは心を込めて琴を奏で、
 「どうか妻を お返し下さい。」と必死にお願いしました。しかし、
 「冥府の掟は変えられない。死んだものは生き返らない。これは自然 の定めだ。」と頑なに拒まれました。オルフェウスは、崩れそうになる気持ちを奮い起こしながら、さらに必死で琴を引き 続けました。しかし、プルートは、
 「しかし、駄目なものは駄目なのだ。」と決して縦に首を振ろうと しません。プルートの横で、ずっと話を聞いていた后のペルセポネーは、自身の身の上にエウ リディケを映したのか、涙を流して一緒に 説得してくれました。
 さすがのプルートも、ペルセポネーに説かれたのでは仕方なく、しぶしぶ連れ 戻すことを許し、
 「ただし地上に出るまでは、決して妻の方を振り向いてはならぬ。 一度でも振り返ったならば、もう永久に妻は戻らない。よいな。」と厳しく言い 渡しました。
 オルフェウスは大喜びで、妻を後に従えて、地上への暗くて長い遠い道のりを 引き返し始めました。 しかし、自分の後ろを同じように歩く足音がついてきます。それが本当に、妻の ものであるかどうかは、今確かめられません。 喜びとともに一抹の不安も膨らんできますが、ここはプルートの言葉を信じる事 にし、先を急ぎました。やがて、洞穴の出口が見えてきて地上の光が差し込んできました。
 「ここまで 来れば大丈夫だ。」と、オルフェウスは後の妻に話しかけました。しかし、返事 がありません。急に不安になって、振り返ってしまいました。約束通りそこには、あのエウリディケが立っていました。 しかし、姿を見られた彼女は吸い込まれるように来た道を引き戻されていきまし た。オルフェウスは、慌てて妻の手を握ったのですが、まるで煙のように彼の指 をすり抜け、その姿はますます遠く小さくなっていき、やがてかき消されてしま いました。オルフェウスはあわてて後を追いましたが、今度ばかりはいくら琴を 奏でても、カロンは川を渡してはくれませんでした。
 独り地上に戻ったオルフェウスは、もう二度と琴を奏でる事はなく、募る後悔 の念に泣き続け、やがて、自ら身を投げてしまいました。それを哀れに思ったのか、大神ゼウスはオルフェウスの琴を拾い上げ、天の川 の西岸に星座として掲げたと言われています。

 ※プルートは冥王星、カロンは冥王星の衛星にその名が付けられています。